
草原あか牛の牛飼いたち vol.3
飯田 彩華
Story
「牛が牛らしくいるには」—— 牛舎から放牧へ、問い続けた答え

飯田 彩華(いいだ あやか)
福岡県出身。東海大学農学部に在学中からあか牛に興味をもち、卒業研究は「あか牛の採食行動」をテーマに選ぶ。
卒業後は、育成牧場や繁殖牧場など、一貫して牛に関わる仕事に従事。
2024年11月から「阿蘇のあか牛・草原牛プロジェクト」(以下、草原牛プロジェクト)に参画し、新規就農研修をスタート。放牧技術指導担当の服部理事が東海大学に在籍していた頃の教え子でもある。
「放牧はずっとしたかったし、あか牛もずっとやりたかった。やらない理由が見つからなかった」
――飯田 彩華
「牛が牛らしく」って何だろう?
大学の卒業研究で、「牛が牛らしくいるには」というテーマを扱いました。放牧地でGPSと活動量計をつけて、牛がどこで草を食べているかを追いかける日々。でも、この言葉の本当の意味が分からないままでした。
卒業後は、牛の育成牧場や繁殖牧場で3年半働きました。哺乳担当から始めて、発情管理、分娩対応。一人で牛舎にいることも多かったので、技術は身につけてきたと思います。周りの方に相談しながら、難産にも対応できるようになりました。
熱心な引き留めを断って、放牧の世界へ
そんな時、大学時代の恩師である服部先生から声がかかりました。草原牛プロジェクトで一緒にやらないかと。
正直、すごく迷いました。勤めていた所からはすごく引き留めてもらって。でも、放牧はずっとしたかったし、あか牛もずっとやりたかった。
そして何より、30代になってからこれができるかって考えたら、多分もう保守的になってしまう気がして。20代のうちにやれることはやっておこう。やらない後悔より、やる後悔のほうがいいと思って、決めました。

放牧で見つけた「牛の幼稚園」
放牧を始めて一番驚いたのは、牛の「共同保育」です。
ここでは親子が一緒に放牧されているんですが、ある程度育った子牛たちは、お母さんから離れて6、7頭でワラワラ固まっているんです。
その近くに、数頭のお母さんがいて見守っている。本当のお母さんはどこかで草を食べていたりして。まるで子牛の幼稚園みたいな光景です。
また、この間、柵から脱走した子牛を追い込んでいたら、そばにいたお母さん牛も、その子牛の方を向いて鳴いて呼んでいました。その子牛は自分の子じゃないのに。
牛舎飼いでは見られない光景で、面白いなと思いました。
複数のお母さん牛が自分の子でない子牛も共同で見ていて、ほほえましい
放牧は、普通の畜産とはまた別の大変さがある
もちろん、大変なこともあります。放牧は単に放し飼いにしているわけではないので、楽な仕事ではありません。
特に、朝の健康チェックのために牛を集めるのは毎回、苦労します。広大な草原の中で好きな場所にいるので。呼んでも来ない時は、歩いて迎えに行って、エサのところまで連れてくる。道なき道を結構、歩くこともあります。
特に冬は寒いし、乾草ロールをあげる作業も増えるので、仕事量も多くなります。その日の状況を見ながら、毎日判断を重ねていく必要があると感じています。

よい「養い手」になりたい
今、私は研修中で、自分名義の牛は持っていません。
だから正確には「牛飼い」ではなく、「養い手」なのかもしれません。いい養い手になって、牛が牛らしくいられる環境を作りながら、ちゃんと経営としても成り立つ。そういうバランスを見つけていきたいです。
これから放牧に関わりたいと思っている人がいたら、何でもやってみることが大切だと思います。私も迷いましたけど、やってみて初めて分かることがたくさんありました。
牛の仕事は、飼料の計算などはAIができるかもしれないけれど、その日の牛の顔色を見て「今日は元気がないな」「昨日と違うな」という微細な変化を感じ取れるのは現場にいる人間にしかできないと思っています。
自分の家でも牛を飼っている。子牛の「めろん」。

